こんにちは、hiroです。
【徹子の部屋】に山本リンダさんが登場します。
山本リンダさんといえば、アニメ「ちびまるこちゃん」に山口百恵さん、西城秀樹さんの次によく登場するスターです。
セクシーで妖艶でかっこいい、そんなイメージですが、実際の山本リンダさんとはどんな方なんでしょうか?
最初はモデルから!芸能界に入ったきっかけ
山本リンダさん、本名は稲葉あつ子さんと言います。
福岡県小倉市(現:北九州市小倉北・南両区相当地域)出身で、父親はアメリカ人、母親は日本人のハーフ。
父親はアメリカ軍の軍人でしたが、リンダが1歳のころに朝鮮戦争で戦死しました。
「linda」という芸名は、アメリカ人の父親に生前付けられた愛称で、スペイン語・ポルトガル語で「美しい」を意味する形容詞(の女性形)なんだそう。
父親の、娘に対する愛情が伺えますね。
しかし、その当時のシングルマザーというのは今ほど制度が整っているわけではなかったので、生活はとても厳しかったそうです。
5歳の時に神奈川県横浜市に転居しましたが、小学校時代はハーフであるために学校でいじめられ、近所の大人たちからも白い目で見られていたそうです。
そういう時代だった、とも言えますが、いまだになくならないハーフに対する偏見って何なんでしょうね。
それでも、大阪出身の母親は醤油味のお好み焼きをよく作り、つらい思いをするリンダさんを一生懸命慰めて支えてくれたそうです。
そんな母親に楽をさせたいと思い、モデルのオーディションに応募したのが小学校6年生のころ。
雑誌『装苑』のモデルオーディションを受検したことをきっかけに、人気モデルとして活動を始めます。
モデルとしてはかなりの売れっ子で、当時には珍しく海外撮影も多くこなしていたと言うリンダさん。
しかし、歌手への夢が捨てきれず歌のレッスンにも通っていた15歳の時、当時の歌謡界を代表する作曲家の遠藤実先生と出会い、一気に状況が変わります。
遠藤先生の作詞・作曲で、明るくアップテンポの「こまっちゃうナ」で歌手デビュー。
当時に彼女のイメージにぴったりの曲で、たちまち国民的アイドルに。
あっという間にスターの道を駆け上がって行きました。
75歳とは思えぬ若さと美貌!その秘訣とは
デビュー曲でブレイクしたものの、その後はヒット曲に恵まれず、低迷した時期もありましたが、何度もきっかけを掴んでスターへとのし上がって行ったリンダさん。
今でも年間100公演くらいこなすそうで、その若々しさと美しさの秘訣は何なのでしょうか?
過去のインタビューでは、まだモデル時代の頃、加山雄三さんのお母様、小桜葉子さんから教えて頂いた、毎日、朝・昼・晩にコップ一杯のお水を飲む、それがとても大事だという教えを、今でも日課として、欠かした事がないといいます。
色んな健康法に敏感なリンダさんが、これを続けてきたのが絶対良かったのだと思います、と語っています。
他にも、野菜や果物もしっかり摂ることが大事だと考えているリンダさん。とくに果物が大好きでみかんやリンゴ、ぶどうなど季節のフルーツをいつも持ち歩いているそうです。
移動中や楽屋でも食べていて、果物を食べると、体が「スー」っとするそう。
野菜もちゃんと食べるようにしていて、ツアー中どうしてもお弁当が多くなると、野菜や果物が不足するので、近くの青果店で野菜と果物を買ってきてバスの中で生のままかじることもあるそうです。
野菜や果物に含まれるビタミンは熱に弱いものもあるので、加熱せずに生で食べるのは栄養を摂取する上で効果的ですよね。
でもスタッフにはビックリされるそうですよ。
アスリートでも芸能人でも、結局健康を保つのは、バランスのいい食事という事なんでしょうね。
結婚したのは50歳!夫との穏やかな暮らし
山本リンダさんが結婚したのは、50歳の時。初婚です。
なんと今年銀婚式を迎えるそう!
お相手の稲葉光彦さんは、リンダさんより7歳年上の、常葉大学(静岡県)で副学長もされたことがある元大学教授です。
共通の知人の紹介で知り合ったというお二人ですが、結婚した当時は「大人婚」として話題になりました。
稲葉光彦さんは前妻と死別しており、2度目の結婚となります。
現在は、自転車で近所に出かけたり自然散策などをして過ごしているとのことで、理想的な結婚生活のご様子が伺えました。
まとめ
75歳になってもなお、パワフルでチャーミングな山本リンダさん。
ハーフであったために受けた仕打ちや、逆にそれを強みに変えてデビューした芸能界で収めた成功。
波乱万丈の人生を歩んで来られましたが、きっと今後も変わらず元気にステージに立ち続け、私達を魅了し続けてくれると思います。


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