こんにちは、hiroです。
今年、日本を代表するデザイナーの森英恵さんが生誕100年を迎えました。
デザインに蝶のモチーフを用いていたことから、「マダム・バタフライ」と呼ばれていた森英恵さん。
戦後をたくましく生き抜いた彼女が提唱した、「ヴァイタル・タイプ」とは?
「マダム・バタフライ」の偉業
森英恵さんがデザイナーとしての始まりは、戦後の1951年(昭和26年)に、新宿駅東口のそば屋の2階にオーダーメイドの洋装店「ひよしや」を開いたところからです。
当時、新宿は文化人が集う街だったためお店の評判が広まり、やがて多くの映画の衣装を手掛けるようになりました。
その映画の数は400本にも及ぶそうです。
しかし、旅行で訪れたニューヨークのデパートで、日本の衣料品が「粗悪品」として地下に並べられていたのにショックを受け、世界進出を決意します。
その後、1965年にニューヨーク・コレクションに参加した際、蝶のモチーフを用いたことで「マダム・バタフライ」と呼ばれるようになりました。
森英恵さんがデザインを手がけたのは、日本航空の客室乗務員の制服、多くの女子高の制服、イタリアやパリのオペラの衣装などなど・・・。
有名なのは、美空ひばりさんの舞台衣装でしょうか。美空ひばりさんは森英恵さんの衣装を愛用していたそうで、何着も所持していたそうです。
そして、当時皇太子妃だった現皇后雅子様の、結婚の儀の際に着用していたローブ・デコルテと言われるドレスも、森英恵さんのデザインです。
それだけでなく、顧客にはモナコ公国王妃のグレース・ケリーまでいるというのだから驚きですね!
「ヴァイタル・タイプ」の提唱
森英恵さんは、アーティストであり、働く女性であり、妻であり母でした。
そんな彼女が提唱した「ヴァイタル・タイプ」
聞きなれない言葉ですが、「ヴァイタル」とは「元気な・生き生きとした」という意味です。
要約すると「快活で努力を惜しまず、自らの力で道を切り拓く女性」、つまり自立していて生き生きと、信じた道を進むという、現代の女性にも通じる生き方です。
今より女性の社会進出が進んでなかった時代にこれを提唱していたわけですから、森英恵さんのヴァイタリティは相当のものだったのでしょう。
「ママモリ」=「森家のママ」
森英恵さんの長男の娘で、モデル・タレントの森泉さんは、森英恵さんの事を「ママモリ」と呼んでいます。
「森」という家全体のママ、という意味だそうで、だいぶスケールの大きな呼び方ですね。
そんな泉さん、ハナエモリのパリコレのモデルとして出演したことがあるのですが、きっかけはママモリからの「最後だから出てみない?」という言葉だったそうです。
あまりちゃんと考えずに「じゃあやってみる!」と返事をして出演することになったそうですが、約半年間、パリのアパートで一緒に暮らしながら、間近でコレクションの一部始終を見せてもらいました。
そこで、「ひとつのショーを作り上げるって、こんなに大変なことなんだ」とその大変さに驚いたそうです。
その半年間、ママモリは泉さんの朝食を毎日作ってくれて、いいものを少しずつというモットーのもと、色んな種類の食材を食べさせてくれました。
そこで、食事やコンディションを整えておくことの大切さを学んだそうです。
泉さんは、ママモリからも母親からもグチや悪口を一度も聞いたことがありません。「きれいなものを作りたいから、嫌なことは口にしないの」と、ママモリはよく言っていたそうです。
これってすごい事ですよね。
自分のためと言っているようで、実は家族や周りの人たちに最大限気を配って空気を壊さないようにしている・・・。
トップデザイナーは、すごい人格者でもありました。成功している人は、きっとそうなんでしょうね。
まとめ
日本を代表するデザイナーの森英恵さんが生誕100年を迎えました。
孫の森泉さんのお話を交えてどんな人柄だったのかを調べてみて、改めて「美」に対する向き合い方がとても素敵な方だなと思いました。
私も「ヴァイタル・タイプ」を目指して頑張ります!


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